muschio: 苔のある風景
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普段はあまり注目されていませんが、視線を低くして苔の世界をじっと観察していると、とても多様で彩り豊かなドラマがひそかに繰り広げられていて、見ていて飽きません。
お庭や盆栽にもなくてはならない存在でありながら、自分をあまり主張しない苔たち…。
落ちた花びらや色とりどりに紅葉した葉っぱを最高に引き立ててくれる彼らの活躍にも注目してみてみてください。
「平べったい苔植物」 COROMICO
これまで自覚がなかったのに、つい最近、あるきっかけがあって、実は今までずっと好きだったと気づいたものがあります。
わたしにとっては、線路の分岐のところやカーブのところと、樹の根っこと
小さな赤い実と、苔がそうでした…。
中でも苔は、小学校の時からずっと親しんできていて好きだったのですが、
あまりになじんでいてそれが普通だと思っていたので、大人になってから
「苔??」と言われるまで、全然考えずにいたのでした…。
わたしの通っていた小学校は田舎で、放っておくと校庭には、もう一面、
生命力旺盛な背丈の高い草たちが繁茂して、鉄棒や、跳び箱や、時には
ジャングルジムの背丈さえも追い越す勢いでちょっと危ないので、教室よりも
何よりも、外のお掃除が何よりの一大事でした。
お掃除当番で外庭掃除にあたった時などは、いつも校長室の前の小さな
日本庭園のところや、観察池の近くの楓の樹の生えた、ちょっとじめじめした
ところに行って、いろいろなところに生える苔たちのひやっとした感触を楽しんだりしていて、いっこうに草取りが進まなくて、先生に怒られたりしていました。
そんな時、平べったい苔植物に出会いました。
スギゴケなど、上に伸びていく種類の苔たちはさわってみると意外に乾燥して
いて、ちょっとちくっとするのですが、湿り気を帯びた石や岩肌や地面に密着して生える平べったい苔植物たちは、しっとりとしていて肌触りもやさしくて、さわると少しひんやりとします。
小さな小さなスタンプで押したカエルの足跡のようなぺたんとした形が大好きで、外庭掃除の隙を見てお庭のところに一人で行って、平べったい苔植物たちを観察するのが、当時の密かな楽しみでした…。
遠足でお寺や山に行く時などは、事前に図書館でガイドブックを読んできて、「光沢のある美しい苔がある」とか「四季を通じて様々な種類の苔が楽しめる」という記事を見つけては、一人だけ異様に元気に、目をらんらんとさせながら山に登っていました。
それなのに、大抵着いた頃にはへばっていたり、他の子にせかされて
それどころではなくて、せっかくの美しい苔の庭園も境内の裏のじめっとしたところにも行けずじまいで何度も悲しい思いをしました。
あともうちょっと先に行けば、薄暗い境内の中でうっすらと光を放つ、
ビロードのようななめらかな質感の、手つかずの苔たちの世界が広がっている
はずなのに……。
その頃の気持ちが突然よみがえってきたのはそれから10年以上たってからのこと…。
4月に桜を見たくて南禅寺に行くと、そこはもう一面、萌え出たばかりの美しい
新緑色の苔で覆い尽くされていました…。
さくらの花びらがはらはらと、深緑色の苔の上に舞い落ちてくる中、わたしは
夢中になって出てきたばかりの苔たちの新緑の姿を目にやきつけました……。
大原の三千院に向かう途中の参道にも、呂川ぞいにさらさらと水がわき出しており、そこかしこに平べったい苔植物の小さなこどもたちが、芽を出したばかりの小さな小さな楓や、小さなきのこたちと並んで寝そべっていました。
その様子は、春になって生まれたばかりの小さな子たちが、ちょっと陽射しに
つかれてお昼寝しているようでした…。
また夏に祇王寺に行った時には、地面をうねる流れのように突き進み、
繁茂していくかのような、集合体としての苔たちの力強い生命力に驚き、
心うたれました…。
地味な存在なのであまり注目されていませんが、実は苔の中にも四季が
あって、春になると元気いっぱいの胞子たちがぴょんぴょんと一斉に顔を出し、
5月の新緑の時には深みのあるダークグリーンのベルベットのようなつややかな絨毯をしきつめてくれます。
夏が近づくとさらに緑は濃さを増し、6月の雨が降りしきる中、そっとお庭に出てみると、緑のしたたるような雨の蒸気に煙って、いっそうにおいたつような
濃い緑に、そっと踏み入れた靴先までも、緑に染まるような気がしてきます…。
秋になるとひそかに紅葉して、黄みがかった渋い抹茶色や柿渋色になって、
真紅やオレンジに色づいて、風に吹かれて舞い落ちてくる、華やかな色をした
楓たちのひそかな引き立て役を買って出ています。
そして、冬になって雪が降りしきるさなかに、「さすがにこの寒さと雪では…」とちょっと心配しながら出て行くと、はからずも透明で新鮮な苔のじゅうたんに
出迎えられて、はっとすることがあります。
かがみこんでよく見ると、苔の小さな一葉一葉がまだ溶けきらない雪の雫を
抱え込んで、きらきらと光っています。
上を見上げても葉がなく、春に咲き始めるお花もまだ堅いつぼみの中で眠っている時期に、厳しい寒さにも負けずに、ただ変わらずにそこにあり続ける
苔の姿に、何だかいつも、とても貴重なものに出会えたという気がして、
ちょっとほっとします…。
20.Luglio.