Micie misteriose:
ふしぎなねこ
夜明けの太陽をじっと見つめるねこ、池のほとりにたたずんで水鏡に映った自分の姿を不思議そうに見ているねこ、あくびを
して舌をしまい忘れたねこなど、自由に生きるねこたちの1日におじゃまして、ちょっと不思議なその姿をおいかけました。
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「ふしぎなねこの世界」 COROMICO
わたしがねこを大好きになったきっかけになったねこがいます。
それは嵐山に紅葉を見に行った時のこと…。
人気のない小さな小屋の前を通りかかると、いっぴきの大きな白いねこがすごく
眠たそうに目をつむったり開けたりしながら、細い丸太の上にちょこんと立って
いました。
「あんまりかわいいねこじゃないね」
友達がそう言うのも気にとめない感じで、マイペースにふらりと小屋に入って
いってしまいました。
もうこのねことは会わないかもしれないなあ…。
そう思いながら友達に遅れないように早歩きで小屋の前を後にしました。
ところが……。
次の日の朝早く、登山に行く途中でまた同じ小屋の前を通りかかると、また同じねこがいました。
でも今度は、紅葉がいっぱいに降り積もった小屋の上の特等席に、堂々と腰を
下ろしていました。
昨日の眠そうでけだるげな表情とは打ってかわって、今日は元気いっぱいで、
威厳たっぷりの表情でわたしたちを見下ろしていました。
「昨日、かわいくないっていってたことを覚えているんじゃない??」
わたしがそういうと、「そうだ」と言わんばかりにひげをぴんとさせて、威風堂々とした表情でちょっとこちらをにらんできました。
その様子に思わず友達が言いました。
「なんてかわいいねこなんだ」
すると、その言葉が伝わったのか、とたんに姿勢をやわらかくして、思い切り
リラックスして、ぐーんと大きくのびをしてから、体じゅうをぺろぺろぺろぺろ
しはじめました。
大きな、まるい顔をした白いねこで、毛繕いをするためにかがみ込んでも、顔が大きくはみだしていました。
あんまり顔がまんまるすぎて、もしぴんと立った耳が見えなかったら、大きな
おだんごか雪だるまのように見えるくらい、大きな顔をしたねこでした。
時折、「ほら」と言わんばかりに精一杯にかっこいい表情を作ってこちらを
見下ろすのが、何とも言えずチャーミングで、わたしたち二人はすっかり彼の
とりこになってしまいました。
登山をしなければいけないのに、立ち去るのが惜しくて、何度も何度も
振り返りながらその場をあとにしました…。
それ以来、ふしぎなねこの世界がすっかり大好きになってしまって、いろいろな
ねこに出会いたくていろいろな場所に行くようになりました。
かわいらしくて人なつっこいねこももちろんいいのですが、わたしが好きなのは、顔が大きくてまんまるなねこや、目つきの鋭いワイルドなねこ、とても抱えきれないくらいに太った、威風堂々とした大きな大きなねこ、などちょっとマニアックなねこが多いです…。
それでへんな表情をしたねこばかりのポストカードを作っていたら、あまり
手にとってもらえなくて落ち込んでいた時、友達が言いました。
「これ1枚だったらすぐにはわからないかもしれないけど、いっぱい集めて
本にしてみたら、それで一つの世界ができるから、見ているうちにだんだん
わかってもらえるかもしれないよ」と。
このページはそんなことを願いながら作りました。
かわいらしくて、人なつっこいねこたちのかわいらしさに慣れた目には、半分
野生で生きる自由ねこの世界は、時にワイルドすぎると感じたり、
かわいいだけでなくて、強い部分もありのままにかいま見えて、入りにくいと
感じることもあるかもしれません…。
でも、ちょっと姿勢を低くしてみて、そんな不思議さ、人間が簡単に入っていけないと感じるほどに、自由に、あるがままに生きる自由ねこたちの世界に入っていって、
彼らの1日をのぞいてみると、だんだんその美しさや孤高さ、兄弟や親子に見せる
愛情深さや親しさが感じられてきて、いとおしくなってきます。
ここにあるお写真は、そんな自由ねこの世界にちょっとおじゃまして、撮ってきた
お写真です。
ねこたちがこちらに気づいて意識すると自然な姿が見られないかな、と思って
遠くからそっと、息をつめて、音を立てないようにして観察しながら撮りました。
賢いねこたちは、それでも気づいていたかもしれませんが、「まあこんな
ぼうっとした子なら大丈夫だろう」と思って、気づかないふりをしていてくれた
気がします。
そんな懐の深さややさしさも、自由ねこたちの、知られざる魅力なのかも
しれません…。
20.Luglio.
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